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漢方軟膏「紫雲膏」を手作りしてみた!│ヘルドクターくられの1万円実験室│リケラボ

漢方軟膏「紫雲膏」を手作りしてみた!│ヘルドクターくられの1万円実験室

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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。

使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。

33回目のお題は「漢方」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏の協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!


皆さんこんにちは。レイユールです。

今回は馴染み深い医薬品の一つである「漢方薬」について紹介しましょう。

漢方薬と東洋医学

現代の医療技術の基礎のほとんどは西洋で発展したいわゆる「西洋医学」です。それに対し、漢方は中国を中心としてアジアで発展した医療技術の一部で、西洋医学に対して「東洋医学」と呼ばれます。これは自然の草木などを利用して病気を予防・治療しようとする医学です。東洋医では医食同源という言葉が示す通り、主に食べ物を工夫することで病気の治療や予防を行います。薬膳料理などがちょうど食と薬の中間地点で、完全に薬となれば漢方薬となるわけです。

現在の漢方

西洋医学が科学の発展と共にどんどんと技術更新されてきたのに対して、東洋医学はかなり古くに形が作られ、今まであまり変化していません。例えば、今医療現場で使用される漢方薬も「傷寒論(しょうかんろん)」や「金匱要略(きんきようりゃく)」などの古典に書かれた処方を使っています。傷寒論や金匱要略は病気の治療方法について書いた古い書物で、ここに治療に用いる薬として漢方の処方が記されています。また、薬草などの漢方の材料となる植物などをまとめた「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」などの古典も存在します。このように、一度確立した""を崩さないのも東洋医学の特徴と言えるでしょう。

漢方薬の種類

漢方には様々な処方がありますが、投与する時の形状から「湯液」、「散剤」、「丸薬」、「軟膏」などがあります。これらをまとめて「方剤」と呼びます。(漢方薬=方剤という認識で大丈夫です)

方剤の大部分は湯液で、これは生薬などを煮出してその汁を飲むお茶のようなもので、煎じ薬とも呼ばれます。処方名に〜湯や〜飲とつく処方は湯液です。代表的な処方には「葛根湯(かっこんとう)」などがあります。散剤は生薬を粉末にして粉薬として飲むもので、〜散の名前がつきます。代表的な処方には「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」や「五苓散(ごれいさん)」があります。丸薬は正露丸のように丸めた粒状の飲み薬で「正露丸」や「百草丸」などが身近でしょう。軟膏はペースト状の塗り薬であり「紫雲膏(しうんこう)」などが薬局でも購入できます。

湯液の代表 葛根湯の配合生薬(煎じると褐色の湯液となる)

散剤の代表 当帰芍薬散(エキス顆粒剤)

漢方専用の粉砕器具「薬研」 散剤などを作る際に用いられた古道具

本来、湯液は生薬を混ぜたものを服用前に煎じて飲むのですが、現代では湯液を顆粒状に乾燥させた顆粒剤を使うのが一般的です。同様に散剤も飲みにくいのでエキス顆粒の状態で販売されることがほとんどです。

実際に作ってみる

今回は材料の入手性やコスト面などから「紫雲膏」という軟膏を作ってみましょう。やけど、しもやけ、あかぎれなどに適応のある軟膏で、皮膚トラブルに万能的に使われてきた代表的な処方です。

実際に作業に入る前に注意していただきたい事項として、個人的に生薬を購入したり、処方例を参考に再現することは自由ですが、あくまで個人的な使用に留めてください。また、この記事では実際の作業を通して原理などを紹介するもので、完成品の効能や安全性を保証するものではありません。積極的な再現や、完成品の実際の使用はお勧めしませんので、学術的興味のある方のみ行うようにしてください。

では、実際に作ってみましょう。

1.胡麻油の重合

胡麻油100gを耐熱容器に入れて、200℃±10℃)で1−2時間加熱する。この際温度が上がりすぎると発火などの危険があるため、加熱中は常に監視をすること。

2.基剤の調製

胡麻油の温度を140℃まで放冷し、サラシミツロウ29gと豚脂(市販ラード)2gを加えて溶解する。

基剤の調製 サラシミツロウの添加

3.当帰の抽出

完成した基剤に当帰6gを加えて140℃±10℃)で約20分間抽出する。(当帰が焦げ始めるまで)その後、当帰を全て取り出しておく。

当帰の添加 十分乾燥したものでないと泡が出て扱いにくい

抽出中 細かい気泡を出しながら有効成分が溶け出してくる

4.紫根の抽出

紫根12gを加えて140℃±10℃)で約20分抽出する。

紫根の添加 こちらも十分な乾燥品を用いること

抽出中 加えるとすぐに暗赤色の泡を立てて抽出が始まる

5.濾過

混合物の温度が80℃になるまで放冷し、その後ガーゼや油濾紙などで濾過する。

濾過を終えた紫雲膏

6.固める

濾過した紫雲膏を一晩放冷し、固める。適当な軟膏瓶などに移して保存する。

一晩放置して固まった紫雲膏

紫雲膏の有効成分

比較的簡単な作業で紫雲膏を得ることができました。ここからは各成分がどのような役割を果たしているかを解説しましょう。

・胡麻油、サラシミツロウ、豚脂

胡麻油は市販の食用胡麻油を用います。サラシミツロウとはミツバチの巣からハチミツを生産する際の副産物であるミツロウを精製して白色に近くしたものです。これは常温では固体なので常温で液体の胡麻油を軟膏のような適切な硬さに固めることができます。豚脂も同様の作用ですが、場合によっては加えないこともあるようです。現代では軟膏の基剤には石油から得られるワセリンが用いられますが、ワセリンが発見される以前はこうして基剤を作っていました。

通常蜜蝋は黄色だが、精製によりほとんど無色になっている

いわゆるラード。本来は医薬品専用の豚脂を用いるが少量では入手ができないため、今回は市販の食用ラードで代用した。

・当帰

当帰は当帰というセリ科の植物の根を湯通しして乾燥したものです。有効成分として「リグスチリド」を含み、血管拡張などの効果があります。患部の血行を増進することで治りを早くする効果があると考えられます。

当帰 中国産の刻み品

・紫根

紫根はムラサキ科のムラサキという植物の根を乾燥したもので、有効成分としてはシコニンとそのエステル類があります。赤色〜紫色の色素を豊富に含み、これ自体が有効成分です。肉芽形成促進作用などがあり、患部の治癒を早めます。また、抗菌効果もあり、傷口の感染を予防する効果もあるでしょう。

紫根 中国産の刻み。日本でも古くから栽培し江戸紫として布の染色にも用いられた

紫雲膏とは、胡麻油やミツロウ、豚脂をベースとした油性基剤に当帰の血管拡張作用と紫根の肉芽形成・抗菌作用で患部の治癒を促進するという合理的な組み合わせであることが分かります。

もし、基剤が水であればこれらの有効成分は溶け出ないので効果があまりないでしょう。その証拠に紫根を水と油にそれぞれ入れて加熱してみると、油のみシコニンが溶け出て色がついているのが分かります。

シコニンの溶解性 右が油(菜種油)、左が水

加熱後 油のほうだけシコニンが溶け出ている

漢方の研究

現代では漢方薬の効能を科学的に分析・理論化しようという試みが各社の製薬会社や大学研究室などで進められています。まだ全てが理解されているわけではありませんが、紫雲膏のように生薬のどの成分がどのように作用して薬効を示しているか理解されてきた漢方もまた多く存在します。今後の研究でさらに理解が進み、新たな医薬品の誕生に繋がれば良いですね。

実験にかかった費用

・紫根 2,000円程度
・当帰 3,000円程度
・サラシミツロウ 1,000円程度
・豚脂 500円程度
・温度計 500円程度
・耐熱容器 2,000円程度

掲載写真,図全てレイユール氏提供

レイユール
薬理凶室怪人。専門は有機合成化学。薬理凶室では化学分野を担当している。

薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。

くられ with 薬理凶室

くられ with 薬理凶室

くられ。自称、不良科学者。作家/科学監修、大学講師なども兼任する。近著では「アリエナクナイ科学ノ教科書」で2018年第49回 SF大会にて星雲賞ノンフィクション部門を受賞(続きの連載をDiscoveryチャンネル公式WEBにて掲載、好評を博し終了。現在単行本化作業中)。週刊少年ジャンプで連載中の人気漫画『Dr.STONE』の科学監修を務める。人気Youtuber動画チーム「〜の主役は我々だ!」とのコラボによる「科学はすべてを解決する」はコミック化されるなど好評を博している。
公式サイトはこちら

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