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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。
使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。
第32回目のお題は「シュリーレン」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏の協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!
皆さんこんにちは。レイユールです。
今回は最先端の研究現場でも使用されているシュリーレン装置を1万円以内で実現した面白い実験をご紹介します。
陽炎(かげろう)とは
夏の道路や炎からモヤモヤと立ち上る揺らぎのような陽炎(かげろう)。色があるわけでもないし、陰になっているわけでもないのになぜか見える不思議なものです。シュリーレン装置というのはこれをよりはっきりと見せてくれるもので、熱の伝わりや衝撃波など目で見ることが難しいものを可視化する装置です。そこで、まずはこの陽炎の正体について考えてみましょう。
陽炎のような模様は、空気以外にも水などでも観察されます。例えば透明な水にガムシロップを入れてみてください。両方とも色のない透明な液体なのにガムシロップが拡散していく様子を肉眼で見ることができます。これは密度の差による光の屈折が原因です。熱せられた空気は冷たい空気よりも密度が小さく、また、ガムシロップは水よりもずっと密度の大きな溶液です。これらが混ざり合う際に、局所的に密度の高い部分と低い部分が現れ、その境界で光が曲げられてしまうのです。これが透明な媒質の中で発生すると、光が直進することができず密度の差にそってモヤモヤとした歪みとなって見ることができるのです。このような光の歪みが発生する現象をシュリーレン現象と呼んでいます。
シャドウグラフ
このように密度の異なる透明なものが混ざる際に発生するシュリーレン現象ですが、肉眼で観察できるのはかなり密度差がある時です。陽炎なら数百℃の温度差がなければまず見ることができません。(陽炎や逃げ水が数十℃の温度差で見えるのは遠くまでずっと空気の歪みが続いているためです)
そこで、この陽炎をより鮮明にするための方法がいくつか考えられました。最も単純なものとしてシャドウグラフ光学系があります。シャドウグラフとは、シュリーレン現象によって散乱した光を陰で表現する方法です。
観察方法は簡単で、白いスクリーン(紙など)を壁に立てかけ、1mくらい離れた場所に懐中電灯をおいてスクリーンを照らします。その間にロウソクやアルコールランプなどの火を置くと、シュリーレンの模様が影としてスクリーンに投影されます。
シャドウグラフの原理
ではシャドウグラフの原理を考えてみましょう。懐中電灯からスクリーンまでは光が直進しているため、スクリーンはほとんど均一な明るさで照らされて何も見えません。ここに炎などシュリーレン現象の強く起こるものを入れると、懐中電灯から出た光がいろいろな方向へ曲げられます。するとスクリーンに当たる光も強い場所と弱い場所が発生します。このムラこそがシャドウグラフです。シュリーレン現象では密度の異なる空気の界面で光が屈折するため、温度差のあった場所の光は本来到達すべきスクリーン上とは別の場所に当たります。すると、その部分が暗くなってしまうのです。これによって温度差の激しい部分が影として見えるわけです。
シュリーレン法
今回のような簡易的なシャドウグラフで観察できる密度差はせいぜい肉眼で頑張れば見える程度のものです。例えば、20℃の室内に40℃の物体を置いたとしてもその温度差から発生するシュリーレンを見ることはできません。そこで、もはや肉眼で見ることができないようなわずかな密度差も見ることができるように開発されたのが、シュリーレン光学系です。
シュリーレン光学系は凸レンズや凹面鏡といったものを使って平行光を発生させます。平行光というのは光の方向が全て揃った光の束のことです。専門的にはコリメート光とも呼ばれます。通常私たちが知っている光は多くが拡散光です。懐中電灯から出た光も徐々に広がっていきます。
これは光源から立体的に光が放射されているためで、この向きを一定に揃えたものが平行光です。最も身近な平行光としてはレーザーがあります。
シュリーレン法では凸レンズまたは凹面鏡を2個用いるもの、1個だけ用いるもののそれぞれ4種類のセットアップがありますが、今回は最も単純な凹面鏡を1個だけ用いるものについて紹介しましょう。
シングルミラーシュリーレン
凹面鏡とは窪んだ形をした鏡です。身近なところでは化粧用の拡大鏡が凹面鏡です。凹面鏡は光を一点に集める性質があり、この性質を使ってシュリーレン光学系を構築します。鏡一枚のシュリーレン光学系はシングルミラーシュリーレン法ともよばれており、平行光を使いません。光が一点に収束していこうとする性質を擬似的に平行光として利用します。これ以降の解説は後に回し、まずは一度実験を行って実際にシュリーレン光学系で観察を行ってみましょう。
シュリーレン法の実験
細長い安定した机か床の上で実験を行います。光学実験はわずかな位置のずれでうまくいかなくなるので、カーペットや畳などの上ではうまくいきません。ぐらつきのない机やフローリングやコンクリート床の上で実験を行ってください。点光源・凹面鏡・カメラは中心の高さ(光軸)が一致するようラボジャッキや紙などで高さを精密に合わせておきましょう。
<実験手順>
1 凹面鏡(2−5倍拡大くらいのもので直径が100mm以上のもの)を机の端に垂直に立てる
2 懐中電灯に穴(直径2mm程度の円形が良い)を開けたアルミ箔を被せて点光源とする
3 凹面鏡に向けて点光源を当てて、光が収束する場所を探す
4 点光源と収束位置が大体同じになるように位置を調節する
5 凹面鏡から反射した光の収束位置にデジタルカメラを置く
6 点光源を消してデジタルカメラに凹面鏡全体が映るように位置とズーム倍率を調整する
7 点光源を点灯して、凹面鏡が全体的に白く映るように位置を調整する
8 凹面鏡に反射した光が一点に収束する場所にカッターの刃を置いて光の一部を遮る
ここまででシュリーレン光学系の準備ができました。セットアップが難しいので、それぞれ解説をしていきたいと思います。
まずは、凹面鏡に1mくらい後ろから点光源の光を当てます。室内の電気を消して、光が最も小さく集まる点(収束点)を探します。この時名刺くらいの紙切れを使って光を追っていくと見つけやすいでしょう。収束点が点光源の位置よりも内側(点光源よりも鏡に近い)の場合には、点光源を鏡に近づけます。収束点が外側なら点光源を鏡から離します。こうして再び収束点を探します。この作業を繰り返して、点光源の真横に収束点がくる(点光源から鏡、鏡から収束点までの距離が一致する)ようにしてください。
次に、一旦点光源を消して収束点のわずか(2cmくらい)後ろにデジタルカメラ(安価なコンデジやビデオカメラなど、もし用意できれば一眼レフがよいが、スマホのカメラでは難しい)をおきます。ズームして凹面鏡が画面ギリギリで映るように(ズームが足りなければ最大値にする)調節してから点光源を再び点灯します。この時、凹面鏡の大部分が白く(白飛びする)なるようにカメラの位置や光源の位置を調節します。最後に、カメラの少し前にある収束点にカッターの刃などを差し込んで光の一部を遮ります。画面全体が薄暗くなれば成功です。
凹面鏡の前でライターなどを点火してみましょう。シャドウグラフよりも鮮明にシュリーレンがみられるはずです。うまくいかない時にはカッターの刃やカメラ、光源などの位置を調節してできるだけ綺麗に見える位置を探してください。もしもうまくいかない時には、無理にカッターの刃を入れる必要はありません。
シュリーレン法でいろいろ観察してみる
まずはライターをつけてみましょう。火がつく前に燃料のガスが噴き出る様子をみることができるでしょう。その後火がつくと、激しく熱い空気が昇っていく様子がみられます。
そのほか、エアダスターを吹いてみるとガスが噴き出る様子が見えます。エアダスターの中身は主にDME(ジメチルエーテル)という成分で空気よりも重いため肉眼では分かりませんが屈折が起こるのです。一点注意としてはDMEは非常に燃えやすいガスなので、ライターの炎の観察と同時に行うと引火する危険があるため、室内の風通しをよくして火気には注意してください。
シュリーレン法の原理
シングルミラーシュリーレン法は、平行光の代わりに凹面鏡で一点に集められる光を利用します。通常、凹面鏡に歪みが一切ないと仮定すれば、点光源と同じ大きさに光が収束します。しかし、途中に密度差などがあって光が屈折すると、その光は収束点のわずかに外側に出てしまいます。この光だけを抽出すれば屈折の様子だけを見ることができるわけです。実際には収束した光のうちシュリーレン現象により乱されなかった光の大部分をカッターの刃(実際には薄い金属片を使い、ナイフエッジと呼びます)などの金属の板で遮り、乱されて収束点からはみ出した(=密度差の影響を受けた)散乱光を優先的にカメラに流すようにしているため、シャドウグラフよりも明暗がはっきりついてよりわずかな密度差も見ることができるのです。
実際のシュリーレン法
今回は安価な実験方法として、化粧用の凹面鏡やコンデジなどを使いましたが、専用の精密な凹面鏡と一眼レフカメラを組み合わせるともっとわずかな差を見ることもできます。精密な凹面鏡は反射式天体望遠鏡のレンズとして売っているので、もしもこの記事以上の実験を行いたい場合には購入を検討してみると良いでしょう。(直径200mm、焦点距離1,200mmのものが約3万円程度)高価ではありますが、手の熱が空気中に伝わる様子など非常にわずかな温度差・密度差をも見ることができます。
精密セットアップで撮影した映像
実験にかかった費用
・カメラ 9,000円程度
・凹面鏡 200円程度
・カッターの刃 100円程度
・懐中電灯 500円程度
・アルミ箔 100円程度
掲載写真,図全てレイユール氏提供
レイユール 薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。 |
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