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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。
使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。
第22回目のお題は「墨汁」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏の協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!
皆さんこんにちは。レイユールです。
今回は、習字に使う「墨」について実験を行ってみましょう。墨は日本で古くから使われている伝統的なものですが、実は様々な化学が隠れています。今回は実際に墨を作りながら墨を取り巻く化学の世界をみてみましょう。
そもそも墨とは
墨は学校の習字の時間を筆頭に日本人であれば誰しもが1回は使ったことがあるかと思いますが、棒状の黒い塊で、硯を使って削りながら使用します。
海外でいうところのインクに当たるもので、水に溶くことで黒い「墨汁」となります。これを筆につけて文字を筆記するというわけです。
と、ここまでは説明するまでもありませんが、その墨が何から作られているか知っているでしょうか。
煤が原料
墨の主な原料は微細な炭素粒子です。といっても木炭などを粉砕するわけではなく、油を燃やした際に出る「煤」(すす)を集めたものです。
煤は、油などの有機物が燃焼する時に燃料に対して酸素が少ない酸欠状態で燃える「不完全燃焼」を起こした時に発生します。
炎の中では、有機化合物の結合が切断され、炭素が発生しています。この微細な炭素の粒子が赤熱することで、炎のよく見るオレンジ色が出ているのです。しかし、酸素が不足すると、この炭素が燃え切らずに炎の外へ出てしまい、これが黒い煙のように立ち上ります。これが煤の正体なのです。
煤の原料
実際の墨は主に2種類の原料から作られており、一つは植物油を燃やして出る「油煙墨」です。最もポピュラーな墨で広く製造されています。一方、最初に墨として用いられたのは松を燃やして得られる「松煙墨」です。現在でも製造が続いていますが、今回は原料の入手性から油煙墨を作ってみることにしましょう。
油煙墨は、菜種、胡麻、桐などの植物油を使う場合と、灯油や重油、ロウなどの鉱物油を使う場合があります。今回は手軽に燃やせる「ロウ」を選択しました。つまり、今回採取する煤は鉱物油性の油煙墨ということになります。
油煙墨の採取は蝋燭や石油ランプのような原理で、芯に油を染み込ませて燃やし、炎を皿に接触させる「芯焚法」(しんたきほう)で行います。
実際に採取してみよう
注意 火を使う実験です。火災とやけどに十分注意し、換気を徹底しましょう。また得られた煤は非常に汚れますので、風のない日の屋外か、室内で扱う場合には新聞紙などで周辺を養生しましょう。
1 金属製のトレーに蝋燭を並べる
2 蝋燭に着火し、金属製のトレーを被せて煤を採取する
3 冷えたら刷毛などで煤を集める
以上の工程で煤が集められます。蝋燭は通常煤を出しませんが、炎が金属トレーなどに触れているとその部分の炎の温度が下がり、炭素微粒子が燃えずに回収されるのです。
また、煤を効率よく採取するコツはこまめに火を消して煤を回収することです。燃やしっぱなしでは煤の一部が再び燃えて収率が下がってしまいます。
昔はこの装置を土器で作って部屋に大量に並べて煤を採取していました。
保護コロイドと墨汁
さて、煤が入手できました。実際に固形の墨を作るほど大量の煤を集めるのは難しいので、今回はこれを墨汁にしてみようと思います。
とは言っても、煤を水に混ぜるだけではすぐに分離してしまい、墨汁にはなりません。これは、炭素微粒子が「疎水コロイド」であるためです。疎水コロイドとは水に馴染みにくい微粒子が水中に分散している状態で、少量の電解質が入ればたちまち分離してしまいます。水道水はもちろん、超純水でも使用しない限りは水に電解質が含まれてしまうので、このままでは墨汁のような安定した分散液を作ることはできません。
そこで、ここに「親水コロイド」である「ニカワ」を加えることで疎水コロイドの表面を親水コロイドでコーティングする形をとることができます。このようなものを「保護コロイド」と呼び、電解質が多少混入しても安定して分散させることができるようになるのです。
実際に墨汁を作る
では、本題の墨汁作りを始めましょう。ニカワは画材屋さんや通販サイトで入手できますが、見つからない場合にはニカワを精製したものである「ゼラチン」でも代用ができます。
1 ニカワ1gを水10mlと共に沸かして溶解する。
2 乳鉢に得られた煤をとり、ニカワ溶液をスポイトで加える
加える分量は特に決まりはありませんが、マヨネーズくらいの硬さを目指します。
3 水をスポイトで加えながらよく混ぜる
4 半紙に試し書きをして濃さを調節する
以上で墨汁を作ることができました。市販の墨汁は防腐剤やその他の添加物を含んでいますが、今回作ったものとほとんど変わりありません。
実際に文字を書いてみると、市販の墨や墨汁と変わらない綺麗な黒色文字を書くことができました。
身近な墨ですが、コロイド化学や、有機化合物の熱分解反応など様々な化学技術が詰め込まれています。それが化学が発展するよりも前から伝統的に作られていたというのは非常に興味深いことです。
実験にかかった費用
・蝋燭 500円程度
・金属トレー類 一式2,000円程度
・乳鉢 2,000円程度
・ニカワ 1,000円程度
・筆 500円程度
・半紙 500円程度
金属トレー類や乳鉢は墨で汚れて再使用できない場合もあるので、使い捨てと考えておきましょう。そのほか、場合によっては防塵マスクや養生シートなどを揃えてください。
掲載写真,図全てレイユール氏提供
レイユール 薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。 |
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