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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。
使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。
第26回目のお題は「過冷却」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏の協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!
皆さんこんにちは。レイユールです。
今回は、食品添加物としても利用される、ある物質を使って不思議な実験を行ってみましょう。
過冷却
皆さんは「過冷却」という現象を知っているでしょうか。
過冷却というのは相転移が起こるはずの温度、つまり気体が液体に、液体が固体になるはずの温度を下回っても状態変化が起こらない現象です。例えば、水は0℃で凍りますが非常にゆっくりと温度を下げていくと0℃を下回っても凍らないことがあります。まさにこれが過冷却状態です。原理は後述しますが、この状態は非常に不安定であり、そうそう簡単に出会える現象ではありません。しかし、ある物質を使うとこの過冷却を安定して発生させることができるのです。
実際に実験してみよう
今回は食品添加物としても使われる「酢酸ナトリウム」という化合物を使用します。酢酸ナトリウムはお酢と重曹などの反応で生成する白色の粉末で、水にとてもよく溶けます。この化合物は過冷却状態を安定して維持できるため、この実験にはうってつけなのです。
まずは、過冷却液体を作る必要があります。以下の手順で作りましょう。
1. 酢酸ナトリウム(無水和物)40gをビーカーにとる
2. 水35gを入れる
3. ホットプレートなどで加熱して全て溶かす
4. 溶液が常温となるまで放置する
溶液が常温になっても透明な液体のままであれば成功です。これがすでに過冷却の状態になります。
次に、この過冷却液体を凝固させてみます。
シャーレに過冷却液体をとります。分量は液体の厚みが3mmほどになる程度です。
ここに種結晶である酢酸ナトリウムの粉末を微量落とします。すると、そこを中心にあっという間に凝固していきます。
このように速やかに結晶化します。これを利用すると溶液をツララのように固めることもできます。
シャーレの中央に微量の酢酸ナトリウムの粉末をおきます。
ここにビーカーから酢酸ナトリウムの溶液をゆっくり流し込みます。
すると溶液が速やかに凝固し、ツララのようなものが成長します。
過冷却と熱
さて、過冷却のもつ不思議な現象を見ることができました。ここからは、目には見えない「熱」について考えてみましょう。
シャーレなどを触ると分かりますが、実は過冷却液体は凍る際に熱を放出します。この性質を利用した製品があり、それは「エコカイロ」です。鍋の熱などで溶かしておいて、必要なタイミングで刺激を与えて凝固させることで熱を得ることができます。
この中身も今回と同じ酢酸ナトリウムですが、着色されています。刺激用として薄い金属の板が入っており、押し込むとペコんっと凹んで刺激となります。
このカイロは一般的な使い捨てカイロとは異なり、発熱に酸素などを必要としないため、水中でも使用できることからダイビングに応用される例もあるそうです。
さて、では発熱の状況を実験的にみてみましょう。
試験管に過冷却液体をとり、温度計を入れます。
この状態で温度をみておきます。今回は室温である28℃でした。ここに種結晶を入れて凝固させます。
全体が凝固すると温度計の表示が上がり、今回は最高で約50℃程度まで上がりました。
過冷却の仕組み
過冷却のもつ不思議な性質である「刺激で凍る」、「熱を発する」の二つを観察することができました。ここからは過冷却の仕組みとこれらの現象の理由を解説します。
過冷却状態の液体は準安定と呼ばれる状態であり、真の安定状態である凍った状態よりも不安定ですが、刺激などがなければある程度安定しているという不思議な状態にあります。なぜこのような状態が存在し得るかは非常に難しい理論になります。
まず一つ目である、刺激で凍る現象については、準安定状態は比較的不安定であるため、刺激を与えられると速やかに安定状態へと移動してしまいます。結晶は結晶構造を引き継ぎながら成長するため、まだ結晶になっていない液体に結晶を入れると刺激となるのです。これが順に伝播することで、刺激箇所を中心に円形(均一)に凝固していきます。
凝固する際の熱の由来は状態変化による熱を急激に取り出しているにすぎません。例えば、水1gの温度を1℃変化させるのに必要なエネルギーは1calです。しかし、水が凍る際に放出するエネルギーは氷1g当たり約80calです。つまり、水を冷やす際に取り出されるエネルギーと水を凍らせる際に取り出されるエネルギーには80倍もの差があるのです。この80倍もの差は状態変化という物理的な変化に必要なエネルギーであり、水が蒸発する時の気化熱(蒸発熱や蒸発潜熱とも)などと同じカテゴリーのものです。
過冷却状態では、まだ状態変化する前の状態であり刺激により状態変化が発生すると、その時点から状態変化時に余った(本来は凝固時に緩やかに放出される)不要な熱を急速に放出し始めるのです。
過冷却水などの氷点下の温度では人間は冷たく感じるため、発熱が発生しても感じ取ることはできませんが、酢酸ナトリウム三水和物の融点は約58℃なので、発熱を感じることができるのです。
※今回の実験では、酢酸ナトリウムの過冷却を紹介しましたが、精密には過飽和による部分が大きく純粋な状態変化による過冷却とは仕組みが異なります。
実験にかかった費用
・酢酸ナトリウム 3,000円程度
・シャーレ・ガラス棒など一式 3,000円程度
・温度計 1,000円程度
・エコカイロ 1,000円程度
掲載写真,図全てレイユール氏提供
レイユール 薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。 |
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